日常を送る強さ。ベルリン、テロ後

12月19日、ベルリンの中心地で、クリスマスマーケットを狙ったテロ(ドイツ政府はテロと断定)が起きてしまいました。パリ、ブリュッセル、それからミュンヘンのテロを経て、ベルリンも無傷ではいられない、と心のどこかでは思いながらも、自分は大丈夫だろうと過信していたような気もします。現地でさえ情報が錯綜していますが、ベルリンに住む一市民としての記録を残しておきます。

悪夢の月曜日、惨劇のクリスマスマーケット

自宅は今回テロがあった場所から2キロも離れていない場所にあります。シャワーを終えて携帯をチェックすると、「Are you okay!??」のメッセージが数件。私は何もわからず、また日本で大きな地震があったのだと思いました。東日本大震災の時の記憶がよみがえり、背筋に冷たい汗が走ったような気分。しかしどうやら私自身のことを尋ねているらしい、ということに気が付いて、やっとベルリンで何かがあったんだと悟りました。

パソコンを起動させるより先に、フラットメイトに「何があったの⁉」と聞くと、数キロ先でテロと思われる事件が起こって、すでに何人も犠牲者が出ていると報道ありとのこと。この時点で、血の気が引いて、震えが止まらなくなりました。

髪を乾かす余裕などなく、テレビにかじりついて、詳細を追いました。全然違うけど、東日本大震災の時も信じられない気持ちでテレビを見ていたことを思い出しました。

普段買い物をしている場所が、つい先日行ったクリスマスマーケットが、悲劇の現場になってしまいました。あのクリスマスマーケットは、人々の幸せな笑顔で溢れている場所だったのに・・・

テロ認定。それからのベルリン

ほとんどのベルリン市民が眠れない夜を過ごし、どんよりとした気持ちで朝を迎えたことでしょう。私も今日は仕事をする気もおきず、何もできませんでした。昨日はひたすらに動揺して、恐ろしいと思っていただけだったけど、悲しみは後から後からやってくるということを学んだ1日でもありました。

悲しみに支配されないよう、憎しみに溺れないようにしよう、と自分向けの文章を書いたけど、私にそれを言う資格があるのか?ということすら、わからなくなりそうでした。

詳細がわかるに連れ、事の重みが増してきて、話しているうちに涙が止まりませんでした。

でも、しばらく泣いた後、私はお湯をわかし、パスタを茹で始めました。食べなきゃ。しっかり食べて、肉体の疲労を防いで、精神の状態を冷静に保たなくては。悲しむだけではなく、事件をきちんと見なくてはいけない、そして冷静な判断を下さなくてはいけない、それが私がしなくてはいけないことだと思いました。

ベルリンで生まれ育った友達が「僕たちに今できることは、普段の生活を続けることだけだ」と言っておりました。

まるで、イスラエル人みたいなことを言うな・・・とそれはそれで悲しい気持ちになりましたが(イスラエルは2000年代にテロが横行していた。そのイスラエルと同じようなじ状況になるなんて…という悲しみ)、本当にその通り。絶対に日常ほど、強いものはない。悲しみや絶望を癒してくれるのは日常だと思うので。

ベルリンの街に少しづつ笑顔が戻ってきますように。私もこんなに真面目調ではなく、ふざけた調子でブログを書く日々が戻ってきますように・・・祈ります。


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