住む家は大切だ、しかし固執してはいけない

先日祖母と久しぶりに話をしました。

母たち子供3人が巣立ち(はるか昔に)、2002年に祖父を見送ってからというもの、16年もの間一人で暮らしていたのですが、最近何度か転び、その度にSECOMので「高齢者見守りサービスでヘルプを求めていましたが、もう一人暮らしは無理だろうとのことで、今年から施設に入ることになりました。

母は3人きょうだいで、比較的皆近くに住んでいるので、週の何日かは祖母の家に泊まったり、様子を見にいったりしていたのですが、母を含む兄弟皆も年を取り始め、病気もしながら親を見ていくことが大変になってきたので、彼らにとっては苦渋の、そしてやるせない気持ちで祖母を施設に入れたのだと思います。

こどもの立場からすると、頭では「それも仕方がない」と思いつつ、やはりどこかに申し訳ないという気持ちがあるのでしょう。

個人的には、施設で暮らすことには賛成していました。特に私は一年に一回しか日本に帰らないので、まざまざとわかるんですね。祖母の家の寂しさが。まだそこで暮らしているのに、もう空き家になってしまったようながらんとした空間、そしてさみしさがそこにあるんですね。

そこはもう、なんというか、人が住んでいい空間とは思えない、静寂はある。日に日にさみしい空間になっていっているのがくっきりとわかるんです。

私は祖母の家が大好きでした。物を本当に大事に使っていて、いつも手入れが行き届いていて、楽しそうに歌いながら料理をする祖母が作り出した空間。

それは確かにそこにあったものだけれども、もう認めなくてはいけない。もう変わってしまったのだと。最後まで、家で暮らさせてあげたかったけれど、もうあの空間にいてほしくない、というのが私の本音でもありました。

もちろん家の空気はそこに住んでいる人が決めるものでしょう。とすれば、あのさみしい空間はそこに住んでいた祖母がつくったもの。前回帰った時は、会話のやり取りもうまく行かず、「もう私がわかるのは最後かもしれない…」とさえ思うほどでした。

そして実際に施設に入って数か月がたち、久しぶりにテレビ電話で話す祖母は血色もよく、きちんと受け答えもして、とても元気が出たように見えました。あぁまだ大丈夫、と安心すらできました。

まだ祖母が一人で暮らしていた頃、一緒になって心配してくれた私のフランス人のボーイフレンドが「なぜ彼女はリタイアメントハウスに住まないんだ」と聞いてきました。もちろん家族が一緒に住めたらそれが一番いいのかもしれないけれど、それぞれいろんな事情があるでしょう、だったらリタイアメントハウスという選択があるじゃないか、と。彼のおばあ様はもう亡くなってしまったけれど、晩年はずっと住んでいた家を離れ、リタイアメントハウスに住んでいたとのことなのです。友達がたくさんできて、一人で住むよりもよかった、と言っていました。

上記の話をしたからと言って、他人に施設やリタイアメントハウスを推奨するわけではないですし、自分の親の時はまた複雑な思いがあったり、頭を抱えると思うのですが、それとは別に「自分の晩年はどう過ごしたいか」ということを考えてしまいました。

私は今持ち家を持っておらず、長年シェアをして暮らしてきたので、その反動で家には並々ならぬ思いと憧れがあります。持ち家もいつかは持ちたい、とも思っていて、毎日こんな家がいい、あんな家がいい、と妄想しています 笑。

でももしその家に対する愛情が、晩年になり「絶対に家を離れたくない」という執着になるのであれば、持ち家を持たなくてもいいのかもしれない、とも思いました。特に日本人は同じ家にずっと住むから、思い入れもヨーロッパに人とは比較にならない気がするんです。だから、リタイアハウスなんかは嫌がる傾向にあるのでしょうか。

個人的には持ち家を持ったとしても、いつでも離れられる、くらいの気持ちがいいのかも、と思ってしまいました。

愛情や愛着が執着に変わる、何事にもそんな瞬間というのはありますが、このバランスやタイミングというのをもう少し学んでいきたいものです。